【もしかして】クライエント中心理論と弁証法的行動療法(DBT)の共通点を発見か!?【承認?】

クライエント中心療法、カール・ロジャースを知らない心理職はいないと思います。一方で、マーシャ・リネハンや弁証法的行動療法(DBT)を知らない人はいるでしょう。両方を知っている人にとって、特にリネハンがロジャースの受容ではなく、マインドフルネスを弁証法的行動療法(DBT)に取り入れた理由を知っている人にとって、クライエント中心理論と弁証法的行動療法(DBT)の共通点は驚きかもしれません。

カール・ロジャース(Carl R. Rogers)は説明の必要がないほど有名な人ですよね。クライエント中心療法(パーソン・センタード・アプローチ)の創始者であり、人間性心理学の立役者の1人でもある人です。

一方、マーシャ・リネハン(Marsha M. Linehan)は、もしかしたらあまり知られていないかもしれません。境界性パーソナリティ障害に興味がある人なら当然のように知っている人だと思いますが、そうでなければ、その名前を知らないという人もいるでしょう。それでも、弁証法的行動療法(DBT)という心理療法は聞いたことがあるかもしれません。

リネハンが弁証法的行動療法(DBT)を開発しているとき、クライエント中心療法の受容に興味を持ったようですが、結果的にそれを取り入れることはしなかったそうです。

そのような経緯があったのにもかかわらず、クライエント中心理論と弁証法的行動療法に、共通点があるような気がします。その共通点について、詳しく見ていきましょう。

弁証法的行動療法と受容について

弁証法的行動療法(DBT)は、境界性パーソナリティ障害に対して治療効果を証明した初めての心理療法として有名です。かなり大掛かりな治療パッケージなので、日本でそのまま導入するのは難しいと言われているようです。

弁証法的行動療法(DBT)の特集が組まれている『こころのりんしょう a・la・carte Vol.26 No.4 2007』には、長谷川メンタルヘルス研究所の遊佐安一郎先生(出版当時は長谷川病院)によるリネハン博士へのインタビュー記事が掲載されています。その記事は、2000年に遊佐先生がリネハン博士を訪問された際の記事の再掲だそうです。

そこで、リネハンは受容に関して次のように語っています。

たとえばカール・ロジャースの考え方を組み込むことも考えました。しかし、ロジャースの考え方で私にとって問題だったのは、彼の考え方の中に「自己実現」(Self Actualization)という概念があったことです。すなわち、今の自分は不完全な存在で、近い将来も不完全かもしれないが、将来、自己実現することが可能だという考え方自体、変化を必要としていることになります。変化のためにはすでに、行動療法という効果的な方法があるので、不変化を受容できる考え方が必要だったのです。(p.637)

『こころのりんしょう a・la・carte Vol.26 No.4 2007』

明確にロジャースの考え方を組み込むことを考えたと言っていますね。ただ、それが変化を必要としている「受容」であるということがリネハンにとって問題となったということです。

その後、リネハンは東洋思想や禅の思想などに向かい、DBTを作り上げていくわけですが、DBTでは、徹底的な受容という意味で承認(Validation)が使われています。マインドフルネスもその延長にあるのかもしれませんね。

ここで重要なのは、リネハンはロジャースの考え方を否定したわけではなく、そこに必要のない要素が入っていることが問題だと考えたということなのでしょう。

クライエント中心理論におけるパーソナリティ発達の理論

クライエント中心療法は心理職なら誰もが知っていると思いますが、その詳細はどこまで知られているのでしょうか?

そういう僕自身も詳しくはわかっていません。もしかしたら、間違った理解をしているかもしれませんが、それについてはご指摘いただければありがたいです。

では、『ヘルピング・スキル第2版』に書かれているクライエント中心理論を中心に説明していこうと思います。

有機体評価プロセス(OVP)

『ヘルピング・スキル第2版』には、次のように書かれています。

ロジャース(Rogers, 1942, 1951, 1967)によれば、乳児は、それがどのように感じられるかという点からそれぞれの体験を評価する。それは、彼が「有機体評価プロセス」(the organismic valuing process:OVP)と呼んだものである。(p.72)

『ヘルピング・スキル第2版』

※Rogers, C. R. 1942. Counseling and psychotherapy. Boston: Houghton Mifflin.
※Rogers, C. R. 1951. Client-centered therapy: Its current practice, implications, and theory. Boston: Houghton Mifflin.
※Rogers, C. R.(Eds.) 1967. The theraputic relationship and its impact: A study of psychotherapy with schizophrenics. Madison: University of Wisconsin Press.

これを読んだ瞬間、頭に浮かんだのが、マインドフルネスと、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の「文脈としての自己」でした。

何も足さず、何も引かず、体験したことをただ体験するという感じです。

そして、そのOVPは自己実現にも関係しています。

OVPは、すなわち、誰もが生まれながらにもっている内的な指針であり、その人を自己実現へと導く。(p.73)

『ヘルピング・スキル第2版』

OVPは自己実現を導くものであり、誰もが生まれながらにして持っている内的な指針であるということです。このようなものを想定するかどうかは議論があると思いますが、ロジャースらしい考え方ですね。

価値の条件(COW)

内的な指針を持って生まれてくるのに、なぜ人は自己実現を妨げられるのでしょうか。それについても、『ヘルピング・スキル第2版』に次のように書かれています。

残念ながら、親自身は完璧ではないので、愛するために一定の必要条件を満たすことを要求するような、価値の条件(conditon of worth: COW)を自分の子どもに課してしまう。(p.73)

『ヘルピング・スキル第2版』

誤解がないように言っておくと、これは「親が悪い」ということではありません。その証拠に、次のようなことも書かれています。

子どもが家族と社会の中で生活することができるように社会化されなければならないのは明白である。世界は完璧な場所ではなく、他の人にも欲求があるので、子どもは生まれながらのすべての願望に基づいて振る舞うことはできないし、ただちにすべての自分の欲求を満たすことはできない。(p.74)

『ヘルピング・スキル第2版』

子どもが社会の中で生活できるようになるためには、その社会で受け入れられるような振る舞いを身につける必要があります。そのためには、子どもの願望を即座に叶えるのではなく、必要な制限を加えていく必要があるということなのだと思います。

この辺の話は長くなるので、「価値の条件」(COW)に話を戻しましょう。

有機体評価プロセス(OVP)と価値の条件(COW)と自己実現

COWは親から課された条件であり、その基準に沿って行動することが重要になります。それについては、『ヘルピング・スキル第2版』に次のように書かれています。

課された基準に沿って行動したときだけ、愛され受け入れられると、親は(ことばや行為を通して)伝達するので、子どもは親の愛を獲得する一定の流儀で存在し、振る舞わなければならないと信じるようになる。(p.73)

『ヘルピング・スキル第2版』

なぜ「価値の条件」と呼ぶのかというのは、ここからもわかりますね。愛する価値がある、受け入れる価値があるということに対する条件が課されているということだと思います。

つまり、クライエント中心理論で重要な「無条件の肯定的関心」ではなく、条件が付けられているということです。「この条件を満たしたら受け入れるけど、満たさないなら受け入れません」という感じですね。

このCOWが強すぎると、問題が出てくることになります。

結果として、OVPよりもむしろCOWが、ある人の体験を構築するようになる。言い換えると、子どもは親からの愛を受けるために、自分のOVPを放棄する(例:自分の親を喜ばせるために、子どもはのびのびと陽気でいることをあきらめ、「行儀よく」すわって、「よい子」でいる)。子どもが自分の親のCOWを取り入れる(すなわち、内面化する)と、これらの条件が、その子どもの自己概念の一部になり、その子どもが自由に活動することを妨げる。COWが多ければ多いほど、その人は自分自身の体験をより多く歪めることになる。(p.73)

『ヘルピング・スキル第2版』

つまり、OVPが直線的に自己実現に向かうのを、COWが邪魔して、自己実現から離れたところに到着させるという感じなのでしょう。

価値の条件(COW)と非承認、そして自己の私的制御

ここまで来ると、弁証法的行動療法(DBT)との関係に踏み込むことができます。その前に、COWと「自己」についての記述を見てみましょう。

COWに漬かりきり、OVPが機能しなくなると、感情(フィーリング)を自己に属するものとして見なせなくなるほど、自己の感覚は弱くなる。(p.74)

『ヘルピング・スキル第2版』

これの前提には、次のようなことがあります。

親が子どものプライドを傷つけたり(例:「本当の男は泣かないの」)、子どもがもつ感情(フィーリング)を否定したり(例:「先生が嫌いなわけじゃない」「傷ついていない」)すると、子どもは自分の感情(フィーリング)に混乱するようになる。子どもは何を信じたらいいのか―自分の内的な体験か、それとも親が自分に感じるように言ってきたことか。もし、子どもが親に注意を払わないなら、親の承認や愛を失うリスクを冒す。もし、内的な感情に注意を払わず、そのかわり、自分にCOWを課した他者を喜ばせようとするなら、子どもは自己の感覚を失う。(p.74)

『ヘルピング・スキル第2版』

この記述は、そのままDBTの本に出てきてもおかしくないような気がします。DBTの表現で言えば、「非承認環境で育った子どもは、自己の感覚を失う」ということだと思います。

機能分析心理療法を知っていれば、自己の私的制御と公的制御を思わせるような記述ですね。

もし、「私はX」反応が十分に私的な制御下にないならば、それによって機能的単位「私」の出現は影響を受ける。先に指摘したように、健常な発達における「私」は、見る、欲する、感じる、考えるなどの活動が生じる所在の刺激性制御下で出現する。これらの活動が部分的に公的に制御されているならば、自己の経験もまた部分的に公的に制御される。(p.165)

『機能分析心理療法』

『機能分析心理療法-徹底的行動主義の果て、精神分析と行動療法の架け橋』には上のように書かれています。行動理論を知らないと理解が難しいかもしれませんが、「私」というものが、自分の内的なものに基づいて制御されているのか、環境側にあるものに基づいて制御されているのかということです。

DBTの承認は、公的に制御された自己を私的制御下に置くのに役立つと考えられます。この「公的に制御された自己」というのは、「COWが強すぎる人の自己」と同じような意味なのかもしれません。

どちらも、自分の体験に基づくのではなく、周囲の反応に基づいて「自己」が規定されているということですからね。そうであれば、自己の感覚が弱くなるのは当然だと言えます。

クライエント中心理論と弁証法的行動療法(DBT)の共通点

クライエント中心療法では「受容」が重要なものとされています。その一方で、リネハンはDBTにロジャースの受容を組み込みませんでした。その理由は、ロジャースの受容は変化を必要としているからです。

リネハンは、徹底的な受容を求めていました。変化のための受容であるロジャースの受容は、求めているものではなかったということですね。

その一方で、有機体評価プロセス(OVP)と価値の条件(COW)という視点で見れば、そこにはリネハンの言う「承認」(Validation)の必要性が垣間見えます。

その人の内的体験が重要であり、それに従うことで自己実現に到達できるというクライエント中心理論は、確かに変化の前提として受容を置いているように見えます。

その目的を無視したとき、ロジャースの受容とリネハンの承認はかなりの共通点を持つように思えます。どちらも、その人の内的な体験を受け止めることであり、自己を私的制御下に置くことを目指しているように見えるからです。

両者の相違点は、自己の私的制御が実現すれば自然と自己実現に至ると考えるクライエント中心理論と、それに加えて変化の技法が必要であると考えるDBTという感じなのかもしれません。

これについては、どちらが正しいかということではなく、変化の技法が必要な人と必要ではない人がいるということなのだと思います。

最後に

今回の記事は、ロジャースのクライエント中心理論からの連想でしたが、そのきっかけとなったのは『ヘルピング・スキル第2版』です。

ヘルピングスキルは、臨床的なスキルとしても利用価値が高いと思いますが、複数の理論を統合しているので、異なる理論同士を比較して考えるという点でも興味深いもののような気がします。

興味がある人は『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』を手に取ってみることをオススメします。